ここからは少しシリアスになりますが、姉との奇妙な関係についてです。






実は、私と姉とは血が繋がってはいないのです。






私はお袋の再婚によって、一度に親父と姉が出来たのです。



つまり、姉は親父の連れ子で、私はお袋の連れ子なのです。



ただ、両親の再婚の時期が、私がまだ幼稚園に通っていた頃ですから、ほとんど意識せずに親父と姉を、本当の親父や姉として受け入れることが出来たのです。



姉が最初に家に来たときから、私は姉の後ばかり追っかけていました。



ほとんど『金魚の糞』状態でした。






元来、泣き虫で身体の小さい私は、何かあるとすぐに助けてくれる姉が好きでした。



いじめられたりしていると姉が飛んできて「弟に何するの」と言って相手をやっつけてくれていました。



そして、姉はいつでも私の頼みや願いを叶えてくれていました。



姉の方は私のことを本当の弟でないことを意識していたようです。



だからこそ、本当の弟以上に可愛がってくれたのです。






私が姉を実の姉ではないと意識し始めたのは、ちょうどオナニー事件が発覚した頃でした。



姉を異性として意識していたのです。



だから姉の下着でオナニーすることは純粋に異性としての彼女を意識してのことでした。



とは言え、当時の私は晩生だったのか女性の性器に関する知識をほとんど持っておらず、本気で「赤ちゃんは、お母さんのお腹が割れて出てくるのだ」と信じていました。



確かに、お袋や姉ともよく一緒にお風呂に入り、姉の胸の膨らみや薄っすらとしたヘアなどを見てはいたのですが、直に性器を見たことは一度も無かったのです。





既に経験済みの友達から「女性の性器は素晴らしい。後光が差していて、まるで天国だよ」と聞かされてはいました。



そして、その話を真に受けていた私でした。






そして、運命の日が来たのです。



それは、あの『姉の下着でオナニー事件』から二ヶ月くらい後のことです。






元来、委細構わず開けっぴろげの姉ですから、その日もまだお昼過ぎだというのに下着姿で居間のソファーに横になっていました。



姉は眠ってはいなかったようです。



偶然、居間に入った私は下着姿の姉を見つけました。






姉を異性として意識し始めていた私は、姉にじゃれるように近寄って行って、姉のスリップの裾を少し上にずらしたり、スリップの中を覗き込んだりしました。






姉は「何すんのさ、スケベ」と言って、私を振り払いました。






それでも、私は止めずにもう一度、姉のスリップの中を覗き込もうとしてました。



当然、ここで姉から拒否されると思っていた私に、姉は「そんなに見たいのか?」と言ってきました。



私はてっきりブラジャーとパンティー姿になった姉を見せてくれるのだと思い、「うん、順ねえ(姉のことをそう呼んでいました)の見たい」と返事をしました。






ところが姉は、黙ってスリップを脱ぎ捨てたかと思うと、今度はブラジャーも取って、パンティーも脱いでしまったのです。






姉は裸体になってしまったのです。



私は姉に何も言えませんでした。



姉の生まれたままの姿の美しさに引き込まれていったのです。






そして、姉は「ここも、見たいんだろう?見したげるよ」と言って、ヘアの下の性器までも見せてくれたのです。






そこにある姉の性器は、私が想像していたものとは別のものでした。



素直に表現すると『グロテスク』なものという印象でした。



そんな姉の性器を見てしまった私は、もう見たくないと思いました。



でも、私のそんな気持ちとは裏腹に、私の愚息は充血していました。



オナニーするときよりも何倍も膨張して痛いくらいでした。



私は真っ赤になりながらも姉の性器から目が離せませんでした。






姉は私から目を逸らしていました。






それから先は、男と女です。



ましてや、血の繋がらない姉弟です。



行くところまで行ってしまいました。






あんなに気の強い姉が泣きました。



そんな姉の涙の意味は私には分からなかったのです。



ましてや、姉がバージンだったことも後で知った私でした。






心の奥から強い自責の念が猛烈に込み上げてきたことを今でも思い出します。



幾ら血が繋がらない姉弟とはいえ、越えてはならない線を越えてしまった自分が忌まわしく思えてなりませんでした。






私をいつも大切にしてくれた姉を、私はこんな形で裏切ったことが恥ずかしいと言うより、人間として最低な男だと思えて仕方ありませんでした。






でも、姉はそんな私を責めませんでした。



それどころか、「おねえが悪かったんだから、気にすんな」と言って、また優しく抱いてくれました。



私は姉の暖かい胸の中で泣きじゃくりました。






姉が短大1年、私が高校2年の秋のことでした。