仕事に追われるばかりで、うんざりする日々・・・。



変わり映えしない毎日の繰り返し・・・。



自分に何か取り柄でもあれば、思い切って会社を辞めたりできるのかもしれない。



でも・・・私にはそんな勇気はありません。



そういう鬱憤の反動なのでしょうか。



休みの日になると、心の中にもう1人の自分が現れてしまいます。






(こんなことばかりしてたら、だめなのに)






わかっていても刺激と興奮を求めてしまう私がいました。



休みの日になるたびに、銭湯巡りをしていました。



自転車で1時間以内に行けそうな銭湯を調べて、リストアップしたのです。



そんなに数は多くはありませんでした。



1日、1軒・・・。



そう決めて、日中に自転車で訪ねます。






スーパー銭湯ではありません。



昔からある銭湯ばかりです。



もちろん今のご時世に、番台式の銭湯には巡り合えません。



フロント式のところばかりです。






私は探していました。



実家近くの銭湯でやったときのように、自分の演技次第で、恥ずかしい思いができそうな銭湯を。



その銭湯は、私が住んでいるマンションから40~50分のところにありました。



私にはまったく馴染みのない町です。



普段私が通勤で利用している電車とは、まったく別の路線にあたるところでした。



古くて、ちょっと独特の雰囲気で・・・。



入るのを躊躇ってしまう感じというのが第一印象でした。



一度商店街に戻ってみたり、前を行ったり来たりしながら気持ちを落ち着かせます。






(よし、行こう)






サッシ戸を開けて中に入ります。



薄暗いロビーでした。



雑然とした感じのスペースを古いソファセットが占めています。



カウンターの中のおじさんが、『おやっ?』という顔で私を出迎えてくれました。






そのメガネのおじさんに料金を払って、女性の脱衣所に入ります。



古いという以外に、これといった特徴はありません。



昔ながらの銭湯でした。






(普通の銭湯だ)






裸になってお風呂に入ります。



他の入浴客は、おばちゃんとおばあちゃんだけ・・・。



なんとなく気まずい思いをしながらも大きな湯船で体を伸ばします。






その帰り際・・・。



脱衣所から出た私はロビーのソファに座りました。



自販機で買ったジュースを飲みながらスマホを見るふりをします。



カウンターのメガネおじさんの様子を観察していました。



今どき、若い女はあまり来ないのでしょう。



結構私のことを見ています。



荷物をまとめて立ち上がりました。



澄ました顔で、「どうも」とおじさんに会釈して、その場を後にします。






(ここならできる)






直感していました。






(たぶんできる)






なぜだかわかるのです。



自転車をこぎながら、これまでに訪ねていた他の銭湯を思い出していました。



フロントが女性だった銭湯・・・。



意外とお客さんの多い銭湯・・・。






(ここが一番いい)






やっと見つけたという気持ちでした。






来よう。



今度は夜に・・・。



仕事が早く終わった日に。






その数日後のことです。



久しぶりに残業せずに帰れた日・・・。



帰りの電車の中から私はワクワクしていました。






(今晩、行こう)






あの銭湯の営業終了時間は、あらかじめ調べてあります。



その日の“最後の女性客”になれるよう、時間を見計らって出発しました。



自転車をこぎながらドキドキしてきます。



イメージは、前にもやったことのある『貧血のふり作戦』でした。






(遠いなぁ)






昼間とは、ちょっと感覚が違います。



自転車で行くには結構な距離でした。



でも気持ちちが昂ぶった私には、なんら苦ではありません。



その銭湯が見えてきました。






(いいタイミング)






閉まる、ちょうど30分前です。



自転車を停めてトートバッグを持ちました。



入口のサッシ戸を開けて入ります。






・・・いました。



この前に来たときと同じ、メガネのおじさんです。



私は見逃しませんでした。



こっちを見て、一瞬『おっ』という表情を浮かべています。






『この子、確か前にも来た・・・』






そう思っているに違いない顔でした。






「まだいいですか?」






「どうぞどうぞ」






遠慮がちに尋ねてみせた私を、愛想よく迎え入れてくれます。






「何時まででしたっけ?」






「◯時です。でも、大丈夫ですよ」






料金を払いながら、私は『良かった』という表情を浮かべてみせます。






「すみません、急ぎますね」






「大丈夫ですよ、ごゆっくりどうぞ」






お釣りを受け取りながら、「ありがとうございます」と、にっこりと微笑んでみせます。



さすがに罪の意識がありました。



私はこれから、目の前のこの人に迷惑をかけることになるのです。



営業スマイルをしてくれているおじさんに、(ごめんね)と、心の中で謝っていました。






女湯の脱衣所へ入りました。



ロッカーにトートバッグを突っ込んで服を脱ぎます。



脱衣所内を見渡して、すべての位置関係を頭に入れていました。



入口の場所、ロッカーの配置・・・。



長いベンチがあそこにある・・・。



トイレの戸があって、そして古びた体重計・・・。






全裸になって、浴場に行きました。



髪を洗い、体も洗って湯船に入ります。



私以外には、おばちゃんが1人・・・。



そのおばちゃんも、もうお風呂からあがろうとしているところでした。






ザシャッ。






ガラス戸を開けて脱衣所に戻っていきます。






(よし)






私は時間を稼いでいました。



脱衣所のおばちゃんが服を着ているのを目で追います。



ドキドキしていました。



少しずつ舞台が整いつつあるのを感じます。



おばちゃんがロビーへと出て行くのを、自分の目で確認します。






(よし、やった)






予定通りになりました。



これで、もう女湯にいるのは私1人です。



私は最後の女性客になることができたのです。






なおも、そのまま時間を潰します。



お湯から出たり、また浸かったり・・・。



とにかく時間が経つのをじっと待ちました。



壁にかかった時計に目をやります。



おじさんが言っていた「◯時」を、7~8分過ぎていました。






(もう少し)






時計が◯時20分になったのを見計らって、お風呂から上がります。



脱衣所に行きました。



ロッカーからバスタオルを出します。



体にぐるっと巻いて手で押さえました。



長ベンチのところに行きました。



清涼飲料水のメーカー名が入っている横長のベンチです。



そのベンチの上に体を横たえました。



仰向けになって、完全に寝そべってしまいます。






(ドキドキ・・・)






バスタオルの具合を確認しました。



わざと普通より幅の短いバスタオルを選んできてあります。



胸元から、しっかり体に巻いたタオル・・・。



上に合わせた分、下は完全に寸足らずになっていました。



隠せているのは腰骨の辺りまでで、アンダーヘアは丸出しの状態です。






下半身に手を伸ばしました。



まだ生乾きのうちに、アンダーヘアを掻き上げておきます。



縦の割れ目が、丸見えになるようにしました。






(ドキドキ・・・)






顔を傾けて柱の時計を見ます。



もう◯時30分になろうとしていました。



それなのに、なかなか出て来ない最後の客・・・。



片付けや、掃除だってしなければいけないはずです。



不審に思ったあのメガネおじさんが、いつ現れてもおかしくありません。



その瞬間を待ちます。






(泣きの演技だ)






貧血を起こした可哀想な女の子・・・。



演じる自信はありました。



前にもやったことがあるからです。



でも・・・やはり多少の罪悪感がありました。



他人に迷惑をかけてしまうことへの後ろめたさがあります。






(おじさん、ごめんね。許してね)






頭の中で勝手な言い訳を作っていました。



外見の容姿にだけは自信がある私です。






(こんなキレイな女なら、許せるでしょ?)






そうやって、自分自身を納得させていました。






(こんな私が恥をかいてあげるんだから、おじさんだって嬉しいに決まってる)






ドキドキ・・・。






時計に目をやります。



さっき時計を見てから、まだ5分しか経っていませんでした。



本当に来るのでしょうか。



急に不安がよぎってきます。






(もし誰かが様子を見に来るとしても、それがあのメガネおじさんとは限らないかも・・・)






ドキドキ・・・。






だめならだめで、そのときは諦めればいいだけの話でした。



とにかく、ここまで漕ぎ着けたのです。



もう待つしかありません。



心の準備はできていました。






(来て)






職場では、いつも男性同僚たちの視線を集めている私です。



その私が・・・下半身を丸見えにして横になっているのです。






(おじさん、チャンスだよ。早く来て)



(今来れば・・・私のあそこ、見られるんだよ)






その瞬間は、いきなりやって来ました。






タ・・・、タ・・・、タ・・・。






遠くから聞こえてきた足音が、だんだんと近づいてきます。






(来たっ)






私は入口の方に頭を向けてベンチに寝そべっています。



脱衣所に入って来たのが誰なのか、まだわかりません。






(ドキドキ・・・)






胸の鼓動が加速しました。



血圧が急上昇する感覚に襲われます。






「どうしました!?」






聞こえてきたのは、あのおじさんの声でした。






(よしっ!)






ドタドタ・・・。






あっという間に近づいて来る気配・・・。



緊張感に全身がちぢこまりそうになります。






(ひいい)






私はすかさず演技をはじめていました。



すぐ横に立ったメガネおじさんが、真顔で見下ろしてきます。






「すみません・・・。貧血に・・・なっちゃって・・・」






私は蚊の鳴くような声を絞り出してみせました。



上手く溢れてきた涙が目尻から真横に伝い落ちていきます。



おじさんは割とひょうひょうとした物腰でした。



タオルを巻いただけで寝そべっている私を・・・。






「あらら、大変だ。大丈夫ですか?」






平然とした顔で、じろじろ見てきます。






(ひいい)






ちょっと予想外でした。



もっと腫れ物に触るかのように優しくされるのかと思っていましたが・・・。



結構まともに、体をじろじろと見られています。



私は、それを意識するだけの余裕がないふりをしました。



生気をなくした表情で・・・。






「すみません」






ぼーっと天井に目線を泳がせて見せます。






(ああん)






しっかり見られていました。



銭湯の人といえども、普通の男性と一緒です。



バスタオルから出てしまっている私のあそこ・・・。






<続く>