「女房が気に入っちゃってねぇ。またお願いできるかな」






「あ、はい・・・私でよければ」






それからというもの、土曜の午後は係長宅に出向いて唯さんを抱くのが習慣になった。



一度は誘いに応じて義理を果たしたわけで、断っても問題ないはずだが、とにかく唯さんに会いたかったし、彼女を抱きたかった。



会うたび彼女の美しさと優しさに惹かれ、抱くたび、その素晴らしい肢体に溺れた。






最寄り駅から係長宅まで俺の足で10分ほど。



家に着いたら3人で食事する。



終わると係長は自室に籠もり、俺は背中に視線を感じながら寝室で唯さんを抱く。



事が終わって寝室を出ると、待ち構えた係長が入れ替わり唯さんに襲い掛かる。



寝室に響く夫婦の楽しげな声に、俺は“スパイス”の立場を思い知らされ、やるせない気分になって係長宅を出る。






気分を変えるため、ラブホテルを使うこともあった。



係長が運転して俺と奥さんをホテルに送り届け、本人は駐車場や外で待機する。



部屋でのやり取りはICレコーダーに録音する約束だった。



事が済むと再び係長の車に乗り、最寄りの駅で俺を降ろすと夫婦は自宅に向かう。



家に着くまで待ちきれず、夫婦で別のラブホテルに入ったり、人目に付かない場所でカーセックスを楽しんだりもしてたんだろう。






(旦那公認であんないい女を抱けるんだから、体だけの関係で満足しろよ)






そう割り切ろうと努めた。



でも唯さんは会うたび俺に優しく接してくれて、そのたび俺の中で性欲とは別物の強い感情が湧き起こってくる。



ラブホテルで俺の腕枕に身を委ねる彼女を見ると、激しく心が揺さぶられた。



この後で唯さんが係長に抱かれるのかと思うと、身を引き裂かれるような気分。



夫婦の営みに嫉妬する方がおかしいと分かっていても、とにかく辛かった。






関係を始めて半年ほど。



いつも通り係長の車で国道沿いのラブホテルに入った。



その日の唯さんは、いつもにも増して念入りに化粧し、美しく着飾っていた。



そういえば係長、「今日は結婚記念日なんだ」と言ってたな。



そんな日まで俺に奥さんを抱かせるのか?



でも、本当にきれいだ。






部屋に入ってから、ICレコーダーのスイッチを入れる前に聞いてみた。



俺の精神も限界に近づき、何か『答え』が欲しかったんだと思う。






「あの、唯さんは、こういうの・・・平気なんですか?」






唯さんに直接尋ねたのは初めてだった。



怖くて聞けなかったというのもある。



唯さんは澄んだ瞳で俺をしばらく見て、小さな声で、しかしはっきりと答えた。






「平気じゃなかったわよ」



「だったら、その・・・どうして?」






「うーん、あの人が喜ぶから・・・かな?」



「ご主人が喜ぶからって、好きでもない相手と・・・なんで?!」






興奮してるのか、ちゃんとした文章が口から出てこなかった。



短い沈黙の後、唯さんは少し伏し目になってつぶやいた。






「・・・夫婦だもん」






目の前が真っ暗になった気がした。



実は俺の中には、ほんの少しだけ、(唯さんも楽しんでるはず。もしかしたら俺のことも少しは思ってくれてるかも?)なんて甘い考えがあった。



そう思って罪悪感を鎮め、自分を納得させてきた。



でも、そうじゃなかった。



唯さんはやっぱり、嫌々俺に抱かれていた。



嫌だけど、愛する夫のため我慢していた。



そう思うと強烈な自己嫌悪と恥ずかしさで消えてしまいたくなった。






「あの人ね、いつもA君の後で私を抱く時に聞いてくるの。『アイツのはどうだった?』『俺より感じたか?』『心も奪われたか?』ってね。それで私が、『あなたの方が満足するわ』『愛してるのはあなただけ』って言うと喜んで張り切ってくれるのよ。子供みたいに。最初はね、主人以外の人で感じる自分が嫌だった。でも、こういう夫婦もアリかなって、そのうち思うようになったんだ」






唯さんはどこか悲しそうに話す。



俺には理解できない。



絶対に何かが違うと思った。



ただ、係長への怒りは湧いてこなかった。



こんなに奥さんを苦しめてるのに、これが彼なりの愛情表現なのか?



認めたくない、認めたくないけど・・・。






「でも、ほら・・・A君も素敵だよ。いつも凄く感じさせてくれるし」






俺を慰めるように唯さんは頭を撫でてくれた。



かえって情けなくなった。



いつの間にか涙がポロポロこぼれていた。






「最初にうちに来た時から、この人ならって。A君じゃなかったら断ってた」






俺は黙ってレコーダーのスイッチを入れると、いつもはできるだけ優しく脱がせる唯さんの服を荒々しく剥ぎ取った。



唯さんは少し驚いた表情を見せたが、屍肉にかぶりつく野犬のように唇と貪ると、大人しく身を委ねてきた。



俺は形の良い乳房をひしゃげるほど強く揉みしだき、何もしないのにドロドロに愛液が濡れた性器を舐めまくった。






「ああぁん・・・A君・・・凄い・・・凄いわあ・・・」






唯さんが恍惚の表情で悶える。



シーツを掴み、股間から何度も潮を噴いた。



俺は涙を拭おうともせず、いつも以上に硬く怒張したペニスを挿し込むと、子宮が壊れそうな勢いで腰を振った。



意地になってたんだろうと思う。



彼女の体内にある係長の臭いを消し去ろうと、前から後ろから突きまくった。






「ひいいぃ・・・いや・・・いやああぁぁ~~ん」






唯さんは何度も絶頂に達し、最後は気を失ったようにベッドに倒れ込んだ。



達成感と喪失感が押し寄せる。



こんなセックスは生まれて初めてだった。



俺は唯さん横に体を投げ出し、レコーダーのスイッチを切る。



そして、まだ荒い息の彼女を強く抱き締め、耳元で囁いた。






「好きです。唯さんのことが好きです」






唯さんは何も言わなかったが、涙が彼女の頬を伝うのが見えた。






翌日、会社に辞表を出した。



突然のことに直属の課長も人事担当も驚いたが、実家の都合だと押し切った。



休憩時間、係長に呼ばれ、「うちのことはどうするんだ?」と詰め寄られたが、「墓場まで持って行きます。奥様に宜しくお伝えください」とだけ答えた。



同僚や先輩たちは、婚約者を失ったショックから俺が結局立ち直れなかったようだと勝手に推測したらしく、送別会を断っても波風は立たなかった。






実際、急な決断で何の準備もしていなかった。



ぺーぺーの若手とはいえ残務処理もあり、何日か会社に出ざるを得なかった。



自宅アパートも引き払い、とりあえず実家に引っ越すことにしたが、業者も手配していない。



最後の数日は入社以来初の有給を取って荷造りに専念した。






全てが終わって荷物搬出の前日、会社に足を運んで上司や同僚に最後の挨拶をした。



係長は俺の目を見ず、少し寂しそうに、「残念だよ」とつぶやいた。



俺の人生を歪めた張本人だという思いはあったが、退職前に殴ってやろうとか、そういう気持ちには最後までなれなかった。



彼の性癖は絶対に共有できなかったが、形はどうあれ奥さんを愛してるのに変わりないんだから。



何より、本人にそのつもりはなかったかもしれないが、係長を介して唯さんと出会えたことで、婚約者の★は知らぬ間に乗り越えていた。






夕食を終えアパートに戻ると、部屋の前に唯さんが立っていた。






「主人の手帳にね、住所が書いてあったから・・・」






俺は何も言わずドアを開けた。



部屋に入ると唯さんは俺の首に腕を絡め、唇を押し付けてきた。



この時、俺の決心はついていたと思う。






「お願い。抱いて・・・」






「レコーダーは持って来たんですか?」






「もう・・・バカ・・・」






荷物の梱包が済みガランとした1Kの小さな部屋で、俺は唯さんを抱いた。



係長に監視されていた時のような欲望に任せたセックスとは違う。



最後のラブホテルの時みたいに意地になったセックスとも違う。



安心感のような、揺るぎない愛情のような思いに包まれて深々と唯さんを貫いた。






「ゴメンね。傷つけてゴメンね」






俺の腕の中で、唯さんは泣きながらうわ言のように繰り返した。



コンドームは着けず、彼女の中に何度も何度も精を吐き出した。



精も根も尽き果て、並んで横になったのは夜明け前。



小さな布団の中で、俺の胸に顔を埋めて唯さんがつぶやいた。






「好きです。A君のことが好きです」






俺は強く強く彼女を抱き締めた。






地元に帰って再就職した俺の元に唯さんが来たのは、その半年後だった。



係長は泣いて離婚を思い留まるよう懇願し、しばらくゴタゴタした。



俺も何度か出向いて頭を下げ、温厚な係長に首を絞められたりもした。



彼の思いは痛いほど伝わってきたが、それでも俺と彼女の意思は固かった。



ある意味“不貞”だし、請求されれば慰謝料も払う覚悟はできていた。



もっともカネの問題じゃないことも当事者3人には分かっていたし、係長と唯さんの間も含め、金銭のやり取りは無いに等しかった。






今は子供も生まれて幸せに暮らしている。



俺の中に残っていた婚約者の影は、妻の唯が完全に消し去ってくれた。



夫公認の“間男”だった頃を思い出すと今でも胸がチクりとするが、妻を誰かに抱かせようとは、幸い一度も考えたことがない。



これからも考えないと思う・・・たぶんね。