
これは、
祖父が十年位前に体験したという出来事だ。
祖父は山間部にある、
茶畑と温泉くらいしかない田舎町に住んでいるんだが、
その日は祖父の家から少し離れた所にある茶畑で、
来年に備えて枝を短く刈って置く作業をしていたんだ。
そして帰る頃、
大分日が傾いていた。
急に暗くなり始めた帰り道、
くねくねとした山道を軽トラで走っていたんだが、
道路の真ん中に、何か大きな影が横たえているのが見えて、
祖父は急ブレーキを踏んだ。
そこには車に撥ねられてしまったのか、
鹿の★体が道路に転がっていた。
★体の腹の辺りには、
小さな野犬みたいな影がごそごそと腹をほじくっている。
なんとなく気分が悪くなった祖父は
クラクションを鳴らして、
その野犬を追い払おうとしたんだが、
クラクションに振り返った野犬の姿に祖父は肝を冷やした。
その野犬。
いや、その生き物は、
頭が異常なほどに大きかった。
身体の大きさの三分の一くらいを占めるほどの大きな頭を、
引きずる様にしてゆっくりとこちらを向き、
車のライトで大きな顔に不似合いな小さな瞳が爛々と光って
祖父の顔を見つめた。
その頭は真っ黒い毛むくじゃらの身体とは違い、
所々毛が禿げていて、
まるで髭を伸ばし放題にした男の顔にも見える。
怖くなった祖父は、
狂ったようにクラクションを鳴らし続けた。
すると、
その生き物は鹿の★体に噛み付き、
ずるずると道路の端に避けると、
その場に伏せ、
まるでニヤニヤと笑っているかのような顔で
祖父をじっと見つめ、動かなくなった。
その顔は、鹿の内臓や血に塗れていて、
とても不気味だったが、
これはチャンスと祖父はその脇を通り過ぎようとした。
その時、
さっきまではやかましいクラクションに紛れて
聴こえなかった声が聞こえた。
「アっ……アっ……おちる……おちるよぉ……」
この出来事に遭った後の帰り道、
真っ暗になった山道を
ガタガタと車を揺らしながら走っていた祖父は、
さっきの言葉を思い出し、
ふと車を止めてしまった。
そして気付いた。
目の前の道路が、
半分程崩れてなくなってしまっていたのだ。
それ以来、
祖父はその生き物は山の神様で、
危険を知らせてくれたんだと信じているらしい。
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