高校卒業して上京。



つっても実家が埼玉なもんで、東上線に揺られて南下数10分てとこですが。



一人暮らしを始めた俺は某区の映像系専門学校に通ってました。



実家からも通える距離ではあんですが、当然大学に進学するもんだと思ってた両親との関係もぎくしゃくしてたしね。



中学高校とずっと内気だった俺には友達と呼べるやつもいなく、地元に未練はなかったんです。



とにかく家を出たかった。



誰も俺を知らない場所で・・・、まぁよくある話。






高校ん時、部活にも入ってなかった俺の楽しみといえば、ビデオ屋や、たまに池袋まで学校サボって観に行った色んな映画。



本数観れば退屈な毎日の何かを埋められると思ってたんだね。



とりあえず映画にはそこそこ詳しくなった。



映像関係の仕事に就きたいって夢らしきものもできた。






でも、何かが足りない。



何かが、色々足りない。



内向的で、自意識ばっか膨れあがった典型的なモテない高校生だった俺に彼女なんかいるはずもなく、当然俺は童貞でした。






専門学校に入って、まず俺は性格を変える努力をしてみた。



つまんねー話にも興味があるふりしたり、人の目を見て話してみたり。



知ってるか?



慣れない人間には難しんだこれが、すごく。





すぐに挫折した。



結局、集団作業なんかにも馴染めず、授業も思ったより退屈でドロップアウト寸前。



もはや何をやるにも冷笑的で、どいつもこいつも才能ねーって感じで周りを見下す、今思うとほんとに嫌なやつになってた。






そんな俺に話しかけてきたのが彼女だったんです。



彼女(当時はモデルの田中美保に似てると言われてたので、仮に『美保』としとく)は小柄で色白で、特別美人ってわけでもないんだけど、男ならついちょっかいを出したくなるような可愛らしい雰囲気の子でした。



福岡の女子高を出て上京、少し引っ込み思案なところもあったけど優柔不断ってわけでもなく、自分の意志ははっきりと伝える芯の強い子だったと思う。



後から聞くとクラスから浮き気味だった俺が気になってたそうです。






初めは映画の話から。



美保は、ヴィンセント・ギャロやウォン・カーウァイ、行定勲といった、ぱっと見おしゃれな映画が好きだった。



当時の俺はそういった雰囲気だけの中身スカスカ映画にいい加減食傷気味だったのと、この世間知らずなアヒル口をいじめてやりたいっていう、いささかサディスティックな欲望とで、美保が楽しそうに語るそれらの作品を片っぱしから叩きまくってました。



大人げなさすぎ。



でも美保は決して不愉快な顔は見せずに・・・。






「えー、じゃあ◯◯くんは何が好きなの?」






「ファイトクラブとか。大傑作と思うわ」






「えー、美保もブラピ派!」






みたいな感じでうまい具合に会話を繋げてくれてました。



他愛もない会話。



浅い映画話。



けどあんなに自然に女子と話せたのは生まれて初めてだった。



美保は映画が好きだったんです。



小難しい作品論やつまんない薀蓄なんかじゃなく、楽しく映画の話がしたかったんです。






それ系の専門学校ではあっても、意外と他の奴らって映画の話はしないんだよね。



もちろん話を合わせることはできるけど、それほど熱心じゃない。



それよりは飲み会の予定や恋愛話のほうが盛り上がる。



まぁ入学して間もないし、しばらくは新しい出会いに溢れてる時期でもあるしね。



18、19のガキのことだから仕方ないことだけど、美保はちょっと拍子抜けしてたみたい。






「ねえ、付き合おーよ、あたしたち」






告白してきたのは美保のほうでした。



一緒にいる時間が長くなり、ボケ(美保)とツッコミ(俺)みたいな関係は相変わらずとはいえ、お互い好感を持ってんのはなんとなく分かってたし、そうなるのは自然な気もした。



でも、いざ口に出して言われると、正直ビビってたじろいだ。



そんな経験ねえし。



そもそも見た目の釣り合いが取れてない気がする。



激しく、する。



髪こそ近所の美容院でカットしてたけど、俺の全体から漂うオーラは明らかに不審者のそれ。



引っ越し当日にさっそく職質されたりしてます。



無理、まじ無理。



でも美保は、さりげなくコクってるように見えて耳が赤いし、可愛くって、嬉しくって・・・。






「いいよ、俺で良けりゃ」






さりげなく答えたつもり。



でも耳が熱くなるのがわかった。






「2人して耳赤くして、俺ら何やってんだ?」と俺。






美保も、「何やってんだ?」と笑いました。






それからの日々は、そりゃ楽しいものでした。



映画が共通の趣味ってのはいいね。



学校が終わってから単館(ミニシアター)回ったり、お互いの部屋でビデオ観たり。



話題に困ることもない。



すぐに学校でも俺と美保の関係は周知の事実となり、「やるねー」と冷やかされたりもしたけど、照れくさい反面、どこか誇らしい気がしていたのも確か。



相変わらず授業は退屈だったけど、学校に居場所がないと感じることはもうなかった。






初めての時には、「したことないから自信ない。たぶん自分のことで精一杯」と正直に言った。



そしたら、「あたしも◯◯くんとしたことないんやけ、緊張しとるんは一緒っちゃ」と励ましてくれた。



ちょっと情けない気持ちになったけど、あちこち触ってたら興奮してきた。



美保は俺のを舐めようとして、「んー」って下に潜ろうとしたけど、「ま、また今度のときでいいから」って引っ張り上げたら、「ううー」と不服そうだった。



でも美保のアソコはもうかなり濡れてたんで、入れたら気持ち良くて5分ともちませんでした。



事後に美保が、「なんかね、愛のようなものを感じたっちねー」と嬉しそうに言ってたのを覚えてる。






それからは会うたびにやってた。



映画の好みはいまいちズレててもエッチの相性は良いらしく、俺がコツを掴んでくると美保は1回のエッチで2~3度はイクようになった。



ゆっくり奥まで突くのがいいみたい。



対面座位で下から突き上げると背中を弓なりに反らしてプルプル震えながらイッてしまうのがたまらなく可愛かった。



喘ぎ声は控え目で、「んっ・・・あっんっ」といった地味なものだったけど、その押し★した声が逆にAVとは違うリアリティみたいなものを感じさせ、なんだか嬉しかった。






幸せでした。



ほんと幸せでした。



クソみたいな恋愛映画ですら愛おしく思えてしまうほど。






ある日、美保と何気なくロンブーの番組を観てたんです。



仕込み丸出しの、くだらねーやつ。



深く考えずに、「美保ならついてく?」て聞いてみた。






「ありえんち!」






即答。






「すげータイプでも?」






「ないよ!」






「絶対?」






「ナンパされても彼氏おるっちゆうし。それでもしつこい奴っちすかん!」






すごい剣幕。



どうやら美保は元彼に浮気されたことがよっぽど許せなかったらしく、恋人が傷つくようなことは絶対するまいという強い思いがあったみたい。



俺は安心しました。



そして、(こりゃ、俺も浮気なんてできねぇな)なんて呑気に思ってました。



今思うとバカみたいです。






(誰かに美保をナンパさせて試してみようか?)なんて余裕ぶってこいて考えてました。






美保が他の男に口説かれてオチる姿なんて想像もできませんでした。



ヤリチン野郎に突かれてイキまくる姿なんて想像もできませんでした。



それを目の当たりにするまでは・・・。






バイトを始めたんです。



短期のバイトはそれまでもちょくちょく入れてたんですが、秋口ぐらいから本格的に。



新宿の洋風居酒屋。



この俺が接客ですよ。



世も末だね。






他のバイト連中は、人間が軽いというか、安いというか、そんな俺の嫌いな人種。



騒々しいノリは苦手だったし、協調性のなさも災いしてか、職場でも俺は少し孤立気味だった。



けど、馴染む努力はしたよ。



美保のことを思うと多少のことは自分を★して頑張れた。



クリスマスも近かったしね。



女の子と初めて過ごすクリスマス。



そりゃ気合いも入んなきゃウソでしょ。






「◯◯くんはカノジョいんの?」






そう話しかけてきたのが、『北島(北島康介似ってことで)』だった。



北島は大学3年で、荻窪にある親の持ちマンションで1人暮らしをしてた。






「女癖が悪い」って噂は聞いてた(つか自分でも豪語してた)し、まぁ俺なんかとは違う世界の住人?



せいぜい享楽的に楽しんで、女に刺し★されてくださいよって感じで、それまであんま親しく話したことはなかった。



俺が、「いますよ」って答えたら、北島は少し意外そうな顔をしてた。






んで・・・。






「うっそ、学生?誰似?プリクラ見して」






食いつきすぎだろ。



挙句の果てには・・・。






「『友達を紹介して』って言っといてよ」






「いやいや紹介って。みんな彼氏いると思いますよ」






流そうとする俺。






「んなん関係ねえべ」






なんかムカついた。






「女ってみんながみんなそんな軽いワケじゃないっすよ」






てめえの周りの激安女を基準にすんなっつの。






「可愛いコほどやれんだよ」






北島はそう言った。



半笑いの顔。



見下されたような気がした。






「可愛いと思います?」






美保の写真を見せた。



夏前からバイトを始めた美保が履歴書用に撮った証明写真。



4枚の内の余った1枚。



おすまし顔の美保。






「肌身離さず持っとるように」と笑顔でくれた、俺の宝物。






「鈴木あみっぽくね?ちと地味か」






半笑いの顔は変わらない。



今思うと、北島の態度は明らかに挑発的だった。



よっぽど自分に自信があったのか、それとも俺が目障りだったのか。






「これならいけんべ」






バカにされた気がした。



悔しかった。



何よりも、美保を愚弄された気がした。



賭けの内容は以下の通り。






・掛け金は今月のバイト代全額。



・北島に美保をナンパさせる。



・俺は妨害してはいけない。



・その際のアルコール使用は可。



・口説き落とすのは無理と判断したら潔く諦める。



・俺が美保のケータイを鳴らすのは、いかなる時でも可。その際、賭けが美保に感づかれるような発言をした場合は俺の負け。



・仮にお持ち帰りが成功してもラブホは不可。連れ込むのはあくまで北島の部屋。



・俺は北島の部屋で待つ。クローゼットに隠れて待つ。耐えられなくなって飛び出した時点で俺の負け。



・結果がどうあれ、お互いを恨まない。






「信頼してる相手をテストしたりしなくね?普通」






笑いながら北島がそう言ったのを覚えている。



俺は2人の絆を誰に証明したかったのだろうか。






北島は、「どうせだから、テレビみたくデートをドタキャンされたとこに声をかけたい」と言った。






どうぞどうぞ。



その日、2人で観る予定だった映画は『アメリ』。



渋谷シネマライズ。



11月下旬、街には輝くイルミネーション。



先に映画館の前に現れたのは北島だった。



服装はいつもより地味目。



人待ち顔で立っている。



やがて美保が来た。



辺りを見回し、俺がまだ来ていないのを知ると、北島から少し離れた場所で壁のポスターを眺めていた。



物陰からその横顔を見て、胸が痛んだ。






(何をしようとしてるんだ・・・俺は)






浮かんだ後悔を振り払い、キャンセルの電話をかける。



美保が出るとほぼ同時に北島のケータイも鳴った。






「美保?ごめん、今どこ?」






「もう映画館の前だよー」






「あのさ、バイトが2人風邪でさ、代わりに俺、出なきゃなんねんだわ」






「えー、『アメリ』どうするん。もうはじまるんよ」






「わりー、今日まじで無理ぽい」






「あーん、もー!あたし楽しみにしとったんよ!」






「ごめん。バイト終わったら電話する」






電話を切った後、怒った顔でポスターを睨む美保。



ややあって北島も電話を切り、美保の隣に立ってポスターを眺める。



どんな会話があったんだろう?






「彼女にデートをキャンセルされちゃって。よかったら一緒に観ませんか?せっかくここまで来たんだし」






おそらく、そんなとこだろう。



険しい目で北島を睨む美保。



北島は時計を指差し、何かを言う。






「もうはじまっちゃう」






もう一度、ポスターに目を戻す美保の手を北島が掴み、2人は映画館の中に消えた。






・・・まぁ映画ぐらいはアリだろ。



状況が状況だし。






普段はヘラヘラ笑ってる北島が終始真顔だったのが気になったけど、そん時の俺はまだ余裕で、映画が終わるまで、(クリスマスのプレゼントは何がいいかな?)なんてことに頭を巡らせていた。



その後、ちょっと街をブラブラして、映画が終わる頃に元いた場所に戻り2人が出てくるのを待った。



出てきた2人は手こそ繋いでなかったものの、映画館に入る前よりはだいぶ親しげに見えた。



しかし、その後はスペイン坂を通り駅へ。






ほら見ろ、帰んじゃねえか。



ざまぁねえな、北島よ。






ところが駅前の雑踏で2人はなかなか別れようとしない。



映画のパンフを見ながら何やら話し込んでいる。



やがてお互い時計に目を落とし、2人は来た道を戻り、センター街にある居酒屋へと入っていった。






(・・・美保、そりゃ違うだろ?)






混乱した俺は、しかし後を追って店の中に入るわけにもいかず、外でジリジリと時間を過ごした。






<続く>