マドカとは、仲が良いときは本当に仲が良かったんだ。



同じ市内に別々にアパートを借りてはいたものの、上手くいっている時は同棲も同然だった。



ただ、合鍵を渡したり、お互いの部屋に私物や生活用具が置きっ放しになっているような状態にはしてなかった。



親しき仲にも礼儀ありってやつだ。



それに車で5分も走れば行き来できる距離だったので、特に不自由は感じてなかった。






月に2回くらいは休みを合わせて一緒に過ごす。



その日はその一緒に取った休みってやつで、前日の夜から一緒に過ごし、特にどこかに出掛ける予定も組んでいなかったので1日中ゴロゴロしてた。



膝枕で耳掃除をしてもらうという、そんな至福の時を過ごしつつ、マドカに質問をする。






「お客さんに・・・耳掃除してあげたこと・・・ある?」






「え?それって、どっちのお客さんって意味?」






マドカは美容師で、今現在も“客商売”なのだ。



そう言われて考えてみれば、美容室や理容室って、店舗によっては耳掃除のサービスを実施している場合もある。






「デリのほうの・・・客・・・」






「うーん・・・」






彼女はデリ嬢時代のことを思い出すとき、遠い目をする。



俺はその表情がなぜか好きだったし、どんなことを思い出してるんだろうって想像すると、胸が張り裂けそうなくらいにドキドキするものがあった。



マドカは時々、俺が我慢できなくなって聞いてしまうデリ嬢時代に関する質問に対して答えることを嫌がってはいなかった、と思う。



むしろ積極的に答えることすらあった。



そもそもイヤなことはイヤってハッキリ言える性格なので、本当にイヤなら質問は却下されてもおかしくない。






「したことない」






「あ、そうなんだ」






なんだか少し安心した。



エロサービスはもちろん嫌だけど、こんな風に恋人っぽく客と過ごしていたとすれば、それはそれで嫌なんだ。



でも知りたくないようなことでも、俺は知っておきたいのだ。



そういう矛盾を、俺は心に抱えていた。



あるいは、その矛盾に心を蝕まれつつあったのだろう。



そして、俺がそういう矛盾を心に抱えて色々葛藤していることをマドカはきっと見抜いていた。



だから俺が知りたいことに素直に答えてくれるのは、マドカなりの優しさであり、ある意味、謝罪だったのかもしれないとも思う。






「時間は限られてるからね。そもそも綿棒とかなかったし」






「そっか」






「あ、綿棒はあったかも。ラブホの洗面所って、結構そういう備品が揃ってるよね」






「あー、そういえばあるねぇ」






マドカの口から「ラブホ」っていう単語が出てきて、ちょっとだけ胸が苦しくなる。



俺自身はこれまで一度もマドカとラブホに行ったことがなかったから・・・。






「一番長いコースを頼むお客さんって、どのくらいだったの?」






「時間?んっとね、最高で12時間って人がいたwww」






「は?半日?」






「笑っちゃうよね。『え?12時間ですか?本当ですか?』って3回くらい聞き直したよw」






「それ、料金はいくら?」






「えー。あんま覚えてないな。ロングになるほど割引率高かったんだよなぁ確か・・・」






別に金額なんてどうでも良かった。






(12時間もの間、密室で客と2人きりかよ・・・)って凹んでた。






「18万くらい?20万までいかなかった気がするw」






金額なんてどうでも良かったはずの俺でもさすがに唖然とした。



金って、ある所にはあるんだな・・・。






「その12時間のうち、プレイ時間って・・・どのくらいなの・・・?」






恐ろしく不安な気持ち。



でも聞かずにはいられない。



すぐに違う言葉で聞き直した。






「つか・・・何回・・・イカせてあげたの・・・?」






さすがにコレは聞いても良い話題なのかどうか、果たして聞くべきことだったのか、質問した後になって少し後悔した。



語尾は消え入りそうになってたし、ちょっと泣きが入ってたかもしれない。






「な・い・しょw」






俺の不安な気持ちと、だがしかし、それを上回ってしまう知りたいって気持ちを、マドカは理解した上であえて茶化してくれたのだと俺は思う。



重苦しい質問に対して、重苦しい答え方になったら、お通夜みたいになってしまう。



マドカが冗談っぽく茶化してくれたおかげで適度に全身の力が抜けた気がする。






「意地悪すんなーwそんな言い方されたらますます俺が知りたがるってわかってるだろーw」






「うふふwww」






マドカは片方の耳掃除を終えて、『今度は反対の耳ね』って感じで俺を誘導しながら微笑んでた。



話している内容はエグいが、ポカポカ陽気の午後で、まったりとした雰囲気もあった。



俺は体を反対向きに入れ替え、再び膝枕をしてもらう。



チンコが勃ってた。






「教えてくれないの?」






「大人しくしてないと、綿棒、奥まで突っ込むぞ」






「怖い・・・」






俺は図体こそデカいけど、普段の生活においてはマドカに結構イジメられたり、弄られたり。



尻に敷かれてた方が気楽だったし、そのぶん思い切り甘えられるという利点もある。






「そういうのって本気で知りたいの?それとも単なる興味本位?」






「え、うーんと。正直言うと、本当は知りたくないのかも」






耳掃除をするマドカの手が止まって、俺の話の続きを待っているような感じだった。






「でも知らないままでいるのも辛いんだよ、なんか仕事中もイライラしたり・・・」






「そっかぁ・・・ごめんね・・・」






謝られるのも本当は辛い。



そしてマドカのほうが辛いってこともちゃんと理解はしてた。






「でもね、私がヒロシの立場なら、やっぱり根掘り葉掘り聞いちゃうと思うなぁ」






「でしょでしょ?」






「でも、知りたいって思う理由が微妙に違うかも」






「え?どういうこと?」






「私なら、そんな女とこの先もずっと一緒に過ごしていけるのかどうか、その判断材料に使うかなぁ」






マドカのそのセリフは、どこか寂しげで、憂いを帯びていたように思う。



俺は何も言ってあげることが出来なくて、マドカが吹っ切れたように逆に明るい声で話しだす。






「私、聞かれて困るようなことないし、ヒロシが本当に聞きたいならなんでも話すよ?」






世の中には“知らない方が幸せ”ってことがたくさんあると思う。



でもマドカに関して、他の男が知っているのに俺が知らないことがあるということ。



俺はただそれだけで不幸なんだ。



そんなことを一生懸命に伝えた気がする。






「わかった。じゃあ正直に話すよ。耳掃除が終わってからでいいよね」






彼女はそう言うと再び綿棒を動かし始める。



ちょっと意地悪な感じで痛かった。






「はーい、おしまーい」






そう言ってマドカは、「フー」って俺の耳元に息を吹きかけた。



俺は時々彼女に子供みたいに扱われることがあって、でもそんな時のマドカはすごく優しい感じがした。



それは包容力っていうやつなのか、そんなところもデリ嬢として人気が出た理由の一つだったのかもしれない。



元々生まれながらに持っていた資質なのか、それとも色々と苦労を背負った結果身に付いたものなのか。



そのどちらなのかは判らなかったけれど、一緒に居るとすごく安らぎを与えてくれたのは間違いない。






飲み物とお菓子なんかを準備して、場合によっては険悪な雰囲気をもたらす、これからの話題に備えた。



2人とも努めて明るく振舞っていたような気もする。






「っていうか、私のデリ時代の話を聞きたがるときのヒロシって、ちょっと興奮気味だよね?w」






「え?wあ、うんwバレてたかwごめん・・・」






「耳掃除してるときも、ちんちん勃ってたでしょw」






「・・・すみませんwww」(まだ勃起中です)






「ま、人それぞれ、色々な性癖があるからねぇ・・・」






「色々な性癖」・・・マドカのその言葉に俺は更にチンコを硬くしてしまった気がした。



確かに彼女は色々な男たちの色々な性癖を目にしてきたに違いない。



もちろん、それは目で見る程度だけのことじゃない。



その手で、その体で性癖を受け止め、男達の性欲を解消する役割を担ってきたのだ。



もちろん俺だって、大学時代を含め、こうやって再会した今でも、マドカをそういう目で見るときがある。



俺はマドカの彼氏だから特別な存在、なんてことはなく、俺もマドカに欲望をぶつけてきた男達の1人なのだ。






「で、どうする?私が勝手に話す?それともヒロシが質問して私が答える?」






飲み物をちょっとだけ口にした彼女が本題に戻す。



どうやら話題を有耶無耶にするつもりはないようだ。






「ちょっと待って。あのさ・・・本当は話したくないなら別にいいんだよ、言わなくても」






「ペラペラ話すようなことじゃないけど、大丈夫だよ」






マドカが無理してないか見極めようと、その本心がどこにあるのかを探ろうと、俺は集中する。






「それに色々と知ってもらって、その上でヒロシにはもう一度選ぶ権利があると思うし・・・」






そういうことか。



そうだ、彼女は『判断材料』だなんて、そんな言葉をさっき口にしてた。



要するに、全部打ち明けた上で受け入れてもらえないようなら、この先はないと思っている。



彼女がデリ時代の話を隠さずに話してくれるのは、そういうところに本心があるのだと思って、俺は少し嬉しくなった。