まずはスペックから。






俺:極限まで根暗な感じにした藤原基央と言われる、他人とほとんど話せなかった。



アンナ:高校時代のクラスメイト、石橋杏奈に似てる。



イケメン:高校時代のクラスメイト、のちに親友になる、今も昔もモテモテ。






現在、俺は大学院2年生。



アンナは社会人2年目・・・だと思う。






俺のコミュ障の度合いについて初めに説明しておく。



俺は物心ついた時から家族以外の人とほとんど話せなかった。



喋りたい、コミュニケーションを取りたいという気持ちはあるんだけど、声が詰まって出てこない。



家族やかなり慣れ親しんだ人とは話せるんだけど・・・。



小学生の時なんか、家で家族と喋ってるのをクラスメイトに見られて、「本当は喋れるのに学校では気取って喋らないんだ」って言われていじめられることもあった。






そんな俺とアンナが初めて会ったのは、高校2年生の時。



俺は小学校から高校1年までずっとぼっちだったし、それにも慣れてきていた。



アンナは同じクラスの学級委員。



キラキラしてて可愛くて、同じく学級委員のイケメン男子とペアで活動していて、これぞリア充!といった感じだった。



実際、高1の時に当時3年の美形の先輩と付き合っていて、美男美女カップルで有名でもあった。








新しいクラスにも慣れて少し経った5月のある日、俺はアンナから話しかけられる。



昼休みに自分の席で本を読んでいたら、頭上から声がした。






「俺くん、クラスのメールリストを作りたいんだけどアドレス教えてくれない?」






顔を上げるとアンナが机の前に立っていた。



いきなり話しかけられて少し面喰ってしまったが、とりあえず「うん」と頷いて携帯を取り出した。



当時はガラケーが主流でアド交換と言えば赤外線通信だったのだが、友達とアド交換なんてしたことがない俺は赤外線通信の仕方が判らなかった。



携帯を弄りながら混乱している俺を見かねてアンナが、「ちょっと携帯貸してくれる?」と俺の前に屈み込んだ。



シャンプーの匂いだろうか、いい香りがふわっと漂ってきた。



アンナが俺の携帯の赤外線通信の画面を探してくれている間、俺はずっと目線を逸らして机と机の間の通路を見ていた。



アンナの体勢と俺の座ってる位置からして、運が良ければ胸チラが拝めたかもしれないんだが・・・。



シャンプーの香りを嗅いだ時点で、よくわからない罪悪感が生まれて、それ以上アンナの方を見れなかった。






「ああ、あった。これ、メニューからこの画面に飛んで、こうすれば赤外線通信になるから。アドレス送ってもらっていい?」






俺はアンナから携帯を受け取ってそのまま赤外線でアドレス交換をした。






「ありがとー!メールリストに招待しておくから、メール届いたら登録してね!じゃあねー」






「こちらこそありがとう」と言う代わりに軽く会釈をすると、アンナは「バイバイ」と手を振って去って行った。






その日の夜、アンナからメールが届いた。






『今日はありがとう!招待メール届いたかな?登録の仕方とか判らなかったらいつでも聞いてね』






俺は無難に、『こちらこそありがとう。とりあえず大丈夫』と返信しておいた。



すると10数分後にまたメールが。






『それならよかった~。そういえば俺くんって部活入ってないよね?放課後は何してるの?』



『課題終えたらマンガ読んだり音楽聴いたり・・・』






『へぇ、好きなアーティストとかいる?』



『BUMP OF CHICKEN・・・あとはラルクとか』






『私もバンプ好き!スノースマイルとかいい曲だよね~』






こんな感じの短文メールで、チャットみたいに会話が弾んでいった。



件名の『Re:Re:Re・・・』がものすごい数になって驚いたのを覚えている。






人気者のアンナがコミュ障の俺に若干強引に絡んでくれる理由は、なんてことなかった。



担任教師(中年女性)が、常にぼっちの俺を案じて学級委員を派遣したのだ。






「元気?何かあったら相談してね」






などと、ちょくちょく声を掛けてくれる、少しおせっかい気味だがいい先生。



まあ相談も何も、ぼっちに慣れきってむしろ1人が心地よいくらいになっていた俺は特に何も相談しなかった。



それに対し、『教師相手では心を開きにくいのだろう』とでも思ったのか、学級委員2人に「積極的に話し掛けてやってくれ」とオファーしたそうな。



男子学級委員のイケメンがめんどくさがって放置したのを、「それなら自分が!」とアンナが張り切った形になったらしい。



これは、のちのち仲良くなったイケメンから聞いた話。






きっかけはそんなだが、俺はアンナとだんだん仲良くなっていった。



直接話すのが困難な俺のためにメールでやり取りするのがほとんどだったけど。



もともと人と話したいって気持ちはあるから、メールでは俺は饒舌だったんだよね。



CDの貸し借りやなんかは学校で直接会ってしていたけど。






印象的だったのは、ある日アンナがCDを10枚近くドサッと持ってきたこと。



アンナはバンプの他に『Janne Da Arc』が好きだと言っていた。



アニメ主題歌になってた『月光花』しか知らないと言ったら、「その他にもいい曲いっぱいあるから貸してあげる!」と。



アルバムを数枚貸してくれるもんだと思っていたら、アルバムに合わせてシングルCDもたくさん。



持って帰るのが大変だったけど、なんだか嬉しかった。






「これいいなって曲があったら教えて!」






家に帰っても特にやることないし2日程度で全曲聴き終わったんだが、ジャンヌって結構エロい歌が多くてビビった。






(アンナはこんなの聴いてるのか・・・)って妙に気持ちが高揚したのを覚えてる。






その中でいいなって思ったのが、『Dry?』って曲。



歌詞は引くくらいドエロなんだけど、ギターとドラムがとにかくカッコよくて。



それをアンナに話すと、「私もそれが1番好き!」だと。



あとで本人から聞いたのだけど、友達がいない子にCDをドサッと貸して、「いいと思ったの教えて」→「自分もそれが1番好き!」の流れは、少女漫画『NANA』の有名なワンシーンで、憧れて真似したらしい。



本人にそれ言っちゃうのかよって感じだけどw






アンナに会って、俺の学校生活は少しずつ変わっていった。



秋も深まる頃には、小さい声ならアンナと会話ができるようになっていた。



ぼっちでもいいやって思っていたけど、話す相手がいるのはやっぱり楽しい。



それに、同性の友達もできた。



前述したイケメン男子だ。






「お前、ラルク好きなんだって?俺も好きなんだよ」






突然そう話しかけられてビビったが、ラルク好きなのはアンナにしか話してなかったし、(アンナが仕組んだんだな)と思うと少し安心出来た。



初めは、イケメンみたいなリア充は俺とは住んでる世界が違うし、アンナと仲がいいから絡んでくれるだけだと思っていた。



それでもじっくりメールしたり音楽の話をしたり課題を一緒にやっていくうち、思ってた以上にいい奴だってわかったし、今では親友と呼べる存在になった。






そうして考えると、担任教師がしてくれたことがきっかけで俺の人生は大きく変わったわけだ。



卒業して数年後、俺の母校から異動してしまうとのことで離任式に行き挨拶をしたが、もともと泣いていたところにさらにオンオン泣かれて困惑したw






やがて時が過ぎ、高校3年になり、クラスも変わった。



アンナとはクラスが離れてしまったが、イケメンとは同じクラス。



イケメンと一緒にいるだけで、あんまり喋れなくても自然とクラスの輪に入ることができた。



喋れないことを陰でヒソヒソ言う奴もいたけど・・・あんまり気にならなかった。



友達と呼べる存在が出来たことが本当に嬉しくて楽しかったんだ。



ずっと一人ぼっちで過ごしてきた小学生から中学生の時間を取り戻すように、俺は楽しい学校生活を送った。



アンナが話し掛けてくれてから1年半ほどで、俺は前のような重症のコミュ障から、『ちょっと無口な人』レベルまで成長することができた。






アンナと直接会う機会は減っていたが、メールのやり取りは続いていた。



時期のせいもあり、話題はもっぱら大学受験のことだった。



アンナは東京の私立女子大、俺は地元の国立大を志望していた。



模試の結果がどうとか、予備校がどうとか・・・。



アンナは大学に入ったら東京で一人暮らしをするとか・・・。



まあ、今でさえあんまり会えず、メールでのやり取りがほとんどなのだから、東京へ行っても別に現状と変わりはないのだけど・・・。



物理的に距離が離れるというだけでなんだか寂しく感じた。






そうして時は過ぎ、俺もアンナも無事に志望校に合格した。



イケメンは残念ながら志望校不合格となってしまったが、1浪してのちに東京の有名国立大学に入学する。



卒業式の日、アンナに「ありがとう」と言いに行った。






「やだ、卒業式でそんなこと言われるともうお別れみたいじゃん・・・」






卒業証書授与ですでに泣いて赤い目をしていたアンナが、さらに目を潤ませた。






「お別れじゃないよ・・・俺メール送るから」






「本当に?期待しちゃうよ?」






アンナが東京へ行っても、毎日のようにメールをしていた。



大学でこんなことがあったとか、1人暮らしでこんなことが不便だとか・・・。



でも、それ以上のことはなかった。



地元から東京まで2時間もかからないし、たまにイケメンを含めたクラスメイト複数で会うこともあったが、高校時代と変わらず他愛もない話をして終わり。






俺は、アンナは高1の時の先輩とずっと続いている、もしくは新しく彼氏がいると思っていた。



恋愛感情が全くなかったと言えば嘘になるが、たまに会ったりメールしたりする関係で十分に満足していたんだ。



下手に告白したり彼氏のことを聞いたりするのは、その距離感を壊すようで怖かった。



アンナの周りにはイケメン含め魅力的な男子が大勢いたし、俺にとっては、その世界に触れさせてもらえるだけで十分と思えるほどの高嶺の花だった。






イケメンは1年遅れで東京の大学に入り、そこで早速可愛い彼女を作った。



アパートで一人暮らしをしているのをいいことに、毎日のように連れ込んでセックスしているとも聞いた。



それを聞いて俺は、(アンナも一人暮らしの部屋に彼氏を連れ込んでるのかなぁ)なんて思った。






高1の時の先輩と続いているかはわからないが、アンナほど可愛い子なら彼氏がいないはずがない。



もちろん俺は彼女いない歴=年齢で童貞だったので、AVとかエロ漫画程度の知識しかなかった。



乏しい想像力の中、存在するであろう彼氏とセックスをしているアンナを想像すると、複雑ながら異常なまでに気分が高まってくるのを感じた。



下品な話で悪いが、その想像だけで抜くこともしばしばあった。






大学2年になって数ヶ月ほどしたある日、アンナから、『DAMIJAWのライブのチケットが取れたから一緒に行こう』とメールが来た。



ライブに誘われるなんて初めてだった。



DAMIJAWは、アンナが大好きなジャンヌのベーシスト。



ジャンヌが活動休止してからはソロで活動していて、アンナも俺も好きなアーティストだった。






「嬉しいけど・・・俺なんかでいいの?」






「だって俺くんだけだもん、こんなに音楽の趣味が合うの」






そう言ってもらえるのは嬉しかったけど、気がかりなことがあって、思い切った内容の返信をした。






「・・・俺なんかと2人でライブ行って、彼氏怒らない?」






「彼氏?私、高1の終わりに別れてから彼氏いないよ?」






なんだか拍子抜けしてしまった。



ずっと彼氏がいると思ってたから。






「・・・じゃあ◯日の×時に、△△で待ち合わせね!」






当日、ライブはとても楽しかった。



アンナと一緒に「うおー」ってなったり「きゃー」ってなったり、本当に楽しい時間だった。



ライブの高揚感も冷めやらぬ中、俺とアンナはライブの観客で混雑する道を歩いていた。






「私はジャンヌもABCもDAMIJAWも好きなんだけど、歌詞がエロくて友達とのカラオケで歌えないのが難点なんだよねー」






「確かに・・・カラオケで歌われたら引くかも」






「でしょ?共感できる歌詞もあって好きなんだけどね」






「共感かぁ・・・音楽としては好きだけど、歌詞に共感したことはないな。彼女とかいたこともないから・・・」






「・・・」






「女の人を抱いたこともないし・・・これからもそういうのとは無縁だろうし」






「・・・俺くん!」






アンナが俺の服の袖を掴んだ。






「わちゃ・・・わ、私が初めての人になってあげる!」






何を言ってるんだとびっくりしてアンナを見ると、顔が真っ赤だった。



発言内容のせいか、重要なところ(?)で噛んだせいかはわからない。



両方かもしれない。



思わず立ち止まった俺とアンナを、ライブの観客達が邪魔そうに避けていく。






「何を言って・・・」






「私じゃ、やだ?」






俺が言うことにかぶせ気味で聞いてくるアンナ。



俺よりずっと背が小さいから自然と上目遣いになる。



目を逸らしても、顔が爆発しそうなほど熱くなって仕方なかった。



何か言いたかったけど、重度コミュ障だった時みたいに言葉が詰まって出てこなかった。



なんとか「・・・ちょっと待って」とだけ言い、その日泊めてもらう予定だったイケメンに、『急に地元に帰ることになったから今夜は泊まれない』と嘘のメールをした。






ほとんど言葉を交わさないまま、アンナが一人暮らしをしている部屋へ向かった。



目を合わせるのが気まずくて恥ずかしくて仕方なかった。



途中、乗った電車が急停車した時の揺れでアンナの肩が俺の腕に触れただけで、顔が真っ赤になってしまったくらいだ。



部屋へ向かう間中、俺はアンナが何を思っているのか必★に考えていた。






からかわれているだけなのか?



それとも本気で俺とセックスする気なのだろうか?



もし本気でセックスしようと言っているなら・・・それはどういった気持ちからなんだろう。



アンナが大好きだという楽曲には、セフレ関係にある男女について歌ったものが多い。



真面目そうに見えるアンナも案外ビッチでセフレがたくさんいて、俺もその1人に加えようとしているのか?



童貞の俺は安全な男として見られてるんだろうか?






色んな考えが巡ったけど、結局答えは出なかった。



考えが整理できないまま、アンナの部屋へ到着した。






「玄関狭いけど・・・入って」






部屋の中は想像していたのとは違って、綺麗に整頓されていた。



女の子の部屋ってもっとぬいぐるみがあったり、ポスターが貼ってあるものだとばかり。



台所と一緒になってる廊下の奥にリビングがあった。



本棚とテーブルと勉強机、そしてベッド。






(これからこのベッドで・・・)






そう思って固まっていると、アンナが声を掛けてきた。






「俺くん、先にシャワー浴びてきていいよ。お湯の出し方とか、わからないところあったら聞いてね」






「あ、うん・・・わかった」






風呂場には、CMでよく見かけるエッセンシャルのシャンプーボトルが並んでいた。



初めてアンナに会った時に嗅いだのと同じ匂いだった。



俺がシャワーを終えると、今度はアンナがシャワーを浴びに行く。






「テレビとか観てていいから・・・」






テレビを点けたが、どうにも頭に入ってこない。



ふと本棚を見ると、Janne Da Arcのアルバムがあった。



アンナが教えてくれた音楽、アンナと会わなければ知ることもなかった音楽。






そういえばと、財布からコンドームを取り出す。



少し前にイケメンから、「万一に備えて持っておけよ~」と3つほど貰ったのだ。






「いらないよ、せめて1つでいいよ」と断ったのだが、「いいからいいから」と勝手に俺の財布に入れられた。






アンナが自分でコンドームを常備するほどのビッチだったら必要なくなるが・・・。



とりあえずベッドの枕元の手すり部分に置いた。



そして、待ってる間にスマホで装着方法をしっかり調べて、無理やり頭に叩き込んだ。



どうせ3つも使わないだろと1つ開封して、自分の指であれこれ試行錯誤もした。






<続く>