嫁を初めて抱いたのは、俺は大学4年生で、嫁はまだセーラー服を着た高校3年生だった。



メッチャ可愛くて、細身の深田恭子という感じだった。






6月半ば、夏の白いセーラー服のスカートを捲り、眩しいばかりに露出した足を開かせたい一心で口説いた。






嫁をアパートに連れ込んで、セーラー服を脱がせた。






「シャワー、浴びさせて・・・」






シャワーを浴びてバスタオルを巻いて出てきた嫁と入れ替わるように浴室へ入った俺。



ベッドで観念したような微笑みを見せた嫁のバスタオルを剥いで、その太腿に舌を這わせた。



初めて男に足を開かれて瑞々しい割れ目を晒した嫁。



まだ初々しい嫁の美しい花弁を拡げ、ピンクの花芯を舐め上げると、まだ女子高生の嫁の口から喘ぎ声が漏れた。



17歳の処女の泉を啜り、怒張で処女膜を突破した。



嫁が少女から女になった記念すべき時間を共有できた喜びに浸った。






嫁は次第に性感を知っていった。



冬の紺色のセーラー服に袖を通した頃、花芯を舐められて意識が遠のくようになり、怒張の快感に目覚めていった。



高校を卒業する頃、清純な乙女だった嫁は、そのあまりの恥ずかしい自分の反応に混乱しながら、自ら怒張を求める淫乱な自分に気付きはじめていた。






そして嫁は、高校を卒業して京都の専門学校へ進み、東京を去った。





俺は次男坊なので大学を出ても東京に残り、社会へ出た。






俺は可愛い嫁が忘れられないでいたが、就職先でお色気たっぷりの年上OLと淫らで爛れた関係を続けていた。



お互いセフレと割り切った関係だったから、かなりエロいお遊びに興じていた。



まだネットはブロードバンドが部分的な時代だったが、スワッピング相手を見つけることができたから、セフレOLと他のカップル数組とスワッピングをした。



そこでは、同じ20代のカップルだけでなく、30代や40代のカップルもいて、熟女の魅力というものを知った。






就職3年目でセフレOLは玉の輿をゲットしたとのことで、関係を解消した。



その頃、京都に2年いて、すでに東京に戻って社会に出て1年が過ぎた嫁と再会を果たした。



相変わらず細身で深田恭子っぽい可愛い顔してて、3年半ぶりに抱いたら、やっぱり他の男に抱かれた形跡があった。



京都での2年間、そして東京に戻っての1年半、何人の男に抱かれたのだろう。



嫁の性交経験数に対する嫉妬を隠して、俺28歳、嫁24歳で結婚した。






結婚して14年。



アラフォー夫婦となった今、嫁は離れていた間の嫁の性交経験に俺が興奮することに気付き、色々と話してくれるようになった。



嫁は、京都で1人、東京に戻って1人に抱かれていた。



嫁の処女膜を破ったのは俺だが、その後、離れていた間の嫁の性交体験談を聞くと、ものすごく興奮してたまらない。



京都ではバイト先で知り合った大学生と付き合っていて、初めてバイブを経験をしたそうだ。






「ベルトが付いた椅子に座らされて、手足をベルトで縛られるの。その椅子、ハンドルを回すと足が開いて、これ以上無理ってくらい開かされて、恥ずかしいアソコ丸出しにされてからバイブで・・・。私、初めてイクっていう感覚を知ったの」






その話だけで勃起した。



俺以外の男と何度もセックスしてヨガっている嫁を想像すると勃起が収まらない。



今まで、ずいぶんと聞いているが全部ではないだろうし、とても言えないようなこともされているかもしれない。



でも一番興奮したのは、嫁の案内で京都旅行に行ったとき・・・。






「あのお城みたいなラブホテル、あのホテルにベルト付きの椅子があるのよ。初めてイカされた場所なの・・・」






その夜、抜かずの3発を決め、長女ができた。






結婚して14年、アラフォー夫婦になっても嫁が好きだし、俺の後に嫁の身体を通り過ぎていった男たちに思いを馳せると興奮が冷めやらない。



俺の知らない男に両足を大きく拡げられて、丸晒しにされた花弁をむしゃぶりつかれて悶絶する嫁。



怒張を深々と突き立てられながら、男の背中に腕を回して狂ったように舌を絡め合う嫁と男。



伸びをするネコのように尻を高く突き上げ、後ろからジュボジュボと突かれる嫁。



激しく突きまくる男、揺れる乳房、それを後から鷲掴みにして揉みしだきながら激しく嫁を突き上げる男、ヨガる嫁・・・。






これだけで四十路の怒張が復活する。