「ぐずっ」
本当は・・・もうとっくに限界だったのです。
慌てて、あの男の方とは逆側に顔を向けていました。
必★に奥歯を噛み締めますが、それでも耐えきれなくなって・・・。
「ぅ・・・うっぅ」
俯きながら嗚咽してしまいます。
(だめ、今泣くのはまずい)
「うっく・・・うっく・・・」
声を詰まらせたまま、あの男に気づかれないよう涙を溢れ出させていました。
(なんで私が、あんな男のために)
プライドを掻き毟られながらも最高に興奮している自分がいます。
(ああん、ばか・・・)
手のひらでお湯をすくいました。
顔を拭うような感じで・・・。
「ぐずっ・・・ぐずっ・・・」
さりげなく涙を一緒に流し落としてしまいます。
(お前・・・自分を美人だと思ってるんだろ?)
懸命に微笑みの表情を作りました。
勇気を出して、あの男の方に向き直ります。
(こんなシチュエーション・・・滅多にないんだろ?)
頭を演技モードに切り替えていました。
今となっては、すっかりリラックスしているこの美人OL・・・。
立ち上がって、再びお湯の中から出ます。
最初のときのように周りをきょろきょろして見せました。
我慢できないという感じで、いそいそとコンクリート部分の縁に立ちます。
(お願い、見ないで)
対岸の岩の遥か向こうに、台座に乗った巨大な双眼鏡が見えていました。
あの男が全裸の私を見つめているのです。
(ひいん)
気づかないふりをして、その場にぺたんとお尻をつけて座りました。
両方の手を後ろの地べたに置いて・・・その双眼鏡の方に向けて、はしたなく両ひざを立ててしまいます。
(あああ、お願い、見ないであげて)
両腕に体重を預けて腰を浮かせました。
コンクリートの縁ギリギリまで股を突き出します。
(ああ、お願い)
下半身を緩めて放尿していました。
(あ、あ、あ)
護岸の下に向けて・・・。
しゅうーっ。
勢いよく落ちていくおしっこ・・・。
(あ、あああ・・・)
ばっちりあの男を正面にして、飛沫を飛び散らしています。
(この子のこんな姿、見ないであげて)
私は純朴な女になりきりました。
誰もいないのをいいことに、こんなところでおしっこをしている“この女”・・・。
そんな自分自身に照れているかのように・・・。
びゃーっ!
いたずらっ子みたいな顔ではにかんでみせます。
羞恥心に気が狂いそうでした。
さらに股を開いて・・・。
しゃーっ!
気持ち良さそうに顔をうっとりさせて見せます。
(ひいいいいい、恥ずかしい)
ぼとぼとぼと・・・。
勢いをなくしたまま自分の内股を濡らしてしまうおしっこ・・・。
私は満足そうに、「ふーっ」と、大きく息をつきました。
(もうだめ、泣いちゃう)
立ち上がって、そこに転がっていた古い小桶を手に取ります。
湯だまりのお湯をすくって、おしっこをした辺りにかけました。
“この女”の律儀な性格を表すかのように・・・。
何度も何度もお湯をすくっては、ざばっと、ばか丁寧にコンクリートの上を流します。
(あああ、恥ずかしい・・・。★にたい・・・)
膝がガクガクして、今にもへたりこみそうでした。
私のことを眺めながら・・・きっとニヤついているに違いない、覗き男の心情を想像します。
(もう無理、帰りたい)
ばしゃっ。
自分の股にもお湯をかけました。
脚にかかってしまったおしっこを綺麗に流し落とします。
(もうだめ・・・)
自然な足取りでトートバッグのところに行きました。
スポーツタオルを出して・・・。
(早く・・・この場から逃げたい・・・)
素知らぬ顔で体を拭きます。
最後まで完璧に演技して見せた自分に満足していました。
(あああ・・・顔が熱い)
パンツに手を伸ばしかけて、急に後ろ髪を引かれる気持ちになる私がいます。
トートの中に入れてあったコンパクトデジカメを取り出しました。
(そうだ、撮っておこう)
そのカメラを片手に、またコンクリートのところに行きます。
真正面を向いたまま・・・。
(見納めさせてあげる)
あの男のために、もう一度全身を披露してあげました。
(覗き男さん、満足したでしょ?)
カメラを渓流に向けて、ここに来た記念とばかりに目の前の風景をデジカメに収めているふりをします。
こんな私のすべてを見られて・・・。
全裸のまま胸いっぱいに空気を吸い込んで・・・。
そのまま「ふーっ」と、幸せそうに微笑みました。
(この子は何も気づいていないんだから)
晴れやかな笑顔を見せて何回もシャッターを押す私・・・。
オールヌードのまま、この裸を目に焼きつけさせてあげます。
(良かったね。こんなにばっちり覗けちゃって)
そして・・・。
さりげなく、あの男のいる雑木林にもレンズを向けていました。
もちろん何も気づいていない演技を続けています。
ニコニコとカメラを構えたまま、相手の存在を確実にフレーム内に撮ってやったとき・・・。
(あ・・・)
ふと嫌な予感が頭をよぎりました。
頭から血の気が引いて背筋が冷たくなります。
(まさか・・・そんなはずはない)
その動揺を表面に出すことなくトートのところに戻りました。
一抹の不安を覚えながらも、(大丈夫、あり得ない)と、なんとか自分にそう言い聞かせます。
下着を身に着けました。
もうあの男のいる方に顔を向けることができません。
(私のほうこそ、もし撮られでもしていたら)
そんなことはあり得ないという確信を持ちながらも、心の中では狼狽してしまっています。
手早く服を着ました。
荷物を抱えて女湯の木戸をくぐります。
(まだ見られてる・・・慌てちゃだめ)
走りだしたくなる感情を抑えて、のんびりと男湯スペースを横切りました。
(大丈夫)
あの巨大な双眼鏡・・・。
でも・・・そう、あれは双眼鏡です。
よもや、カメラと繋がったりしているとは到底思えませんでした。
(大丈夫、そんなわけないから落ち着いて)
1歩ずつ階段道を昇りながら冷静に頭が働きはじめています。
(十中八九そんなはずはない・・・あの男はただ覗いていただけ)
崖のカーブを曲がったところが、あの男から私が見えなくなる場所でした。
そこまで上がって、念のため、足元に荷物を置きます。
ゆっくりと心の中で10まで数えて・・・。
崖壁からそっと顔を出すようにして対岸を見下ろしました。
(ドキドキ)
思った通りです。
岩陰から立ち上がった男の人が、その姿を現していました。
紺色のダウンにニット帽・・・グリーンのズボン・・・。
誰もいなくなったと思って油断しているのか、隠れる様子もありません。
あの男こそが、私を見ていた覗き男の正体でした。
(ドキドキ)
目を凝らすようにして相手の動きを観察します。
台座みたいなものに乗せていた双眼鏡を取り外しているようでした。
それを大きなハードケースのようなものにしまって・・・。
背中には、それほど大きくないリュックです。
(他には何もない)
カメラやビデオのようなものは無さそうでした。
その覗き男が雑木林の中へと歩いて消えていきます。
(助かった)
やはり大丈夫でした。
もちろん、ちゃんと頭ではわかっていたのです。
でも、やっぱり・・・。
それを自分の目で確かめたことで、すごく安堵している自分がいました。
(したい・・・)
不安だった気持ちの反動からか、今度は逆にものすごく高揚感が襲ってきます。
(オナニーしたい)
抗いきれない衝動となって、その欲求が押し寄せてきていました。
体の中心が勝手にじーんと熱くなってきます。
(したい)
ムズムズしました。
森の歩道をできるだけ急いで駐車場へと戻っていきます。
(ここじゃだめ。せめて車まで)
そして、ふと頭にイメージが思い浮かんでいました。
(紺色のダウン・・・グリーンのズボン・・・)
我ながら、とんでもなく大胆不敵な思いつきです。
(対岸の雑木林・・・もし出くわすとしたら・・・)
車に飛び乗ってエンジンをかけました。
脳をフル回転させて考えます。
(大丈夫)
旅館とは逆の方向へと車を出していました。
(覗き男さん、私に会いたい?)
瞬く間に頭の中にイメージが展開していきます。
(やっぱり来て良かった。こんなチャンス、もう二度とない)
それなりに自信がありました。
とっさの閃きでしたが・・・。
(私ならできる・・・今の私なら完璧にやれる)
方角と距離感を計算しながら懸命に勘を働かせます。
(私のこと、忘れられなくさせてあげる)
まずは時間との競争でした。
最初の分岐で迷うことなくハンドルを左に切ります。
・・・でも、やっぱり思い留まりました。
もと来た方向に車を向け直しました。
そして、まっすぐ東京に帰りました。
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