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一昔前なら老婆と呼ばれていた年代の女性とは到底思えなかった


















529:うさちゃんねる@まとめ 2020/05/25(月) 00:00:00





60歳を過ぎてから大学時代の恋人と再会。



おたがい既婚で子供どころか孫もいるにも拘らず、つい懐かしさから肌を重ねてしまった。



昔と比べて私の肉棒はすっかり立ちが悪くなり、彼女もすっかりお婆ちゃんになった。



自主休講して一日中セックスに明け暮れた頃のような情欲はもうない。



それでも彼女と手を繋いでホテルに入った時、二人で部屋を選んだ時、ドアノブを回した時、私は確かな高揚感を覚えた。





浴室では老いた体を昔の恋人に見せたがらなかった彼女も、ベッドでは意を決したように全てをさらけ出してくれた。



かつて釣鐘型だった乳房は垂れ下がり、腹の肉は弛んでいたが、想像していたよりもずっと美しい。



一昔前なら老婆と呼ばれていた年代の女性とは到底思えなかった。



全裸の彼女に覆い被さり、鼓動と体温を感じると、何もせず抱擁しているだけでもいいとさえ思えた。



しかし、彼女の恥毛と私の陰毛が触れ合うと、私の男としての、雄としての欲望が立ち上がってきた。



彼女の秘唇に手を伸ばし、撫でさするように動かす。



それに呼応するように、彼女は私の肉棒に指を絡める。



昔話をしながらの、手遊びのような愛撫。



それ以上のことはこの場では必要ないと思えた。



事実、彼女はそれだけで愛液を止め処なく溢れさせてくれた。



還暦を過ぎようが、濡れやすいところは昔とちっとも変わっていない。



私は息を細く吐きながら、彼女に挿入した。



深々と貫いて抱き締め合うだけで、心が満たされる。



改めて考えると、セックスしたのは何年振りだろうか。



ひょっとすると20年もしていなかったかもしれない。



彼女は2年前に夫としたらしい。



私も女房をもっと愛してやるべきだろうか。



そんな殊勝な気持ちも、抽送がもたらす粘膜接触の快感の前に掻き消された。



彼女は至福の表情で絶頂を迎え、そして私も彼女に包み込まれたまま精を放った。



その瞬間、20歳の頃の自分と彼女の姿が脳裏に浮かんだ。



事が済んでから、またあの頃のように、そんな言葉が口から出かけたが、すんでのところで飲み込んだ。



こんなことは、もうすべきではないだろう。



私のような風采の上がらない男が老いらくの恋だなんて、まるで出来の悪い喜劇ではないか。



私は別れ際に彼女と長いキスをして、それからは昔の恋人としてではなく、良き友人としての関係を続けている。







        


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